空へ還ろう


 良い天気だ。
 澄んだ空は蒼く澄み渡り、どこまでも広がっているかのように思える。やや風は冷たいが、それでも日の暖かさとその風の組み合わせは爽やかさを演出してくれていた。
 地上四階、さらにそこから一階分上の位置。
 学校の屋上と言うただでさえ人気の無い場所の、給水塔の上という輪をかけて人の居ない場所が、彼の一人になれるお気に入りの場所だった。そこでごろりと横になって見上げる空は格別なのだ。
 だが、最近そこへ侵攻してきた人物が居た。
「あ、今日も居る」
「……悪いかよ」
 たまたま高いところへ登りたくなったので登ってみたら人が居た、と言うのがその彼女の台詞だ。お前は馬鹿か煙か、と言いたいが、それは先客である彼にも言えてしまうことなので敢えて黙っている。
 知らない仲ではないが親しいわけでもない。過去数度口を利いた程度の、標準的疎遠クラスメイトと言うレベルの間柄だ。
 にも関わらず、ここで二人は毎日のように空を眺めていた。
「君、他にすること無いの?」
「ある」
「しないの?」
「俺はしたいことしてるだけだ」
「あ、なるほど♪」
 何が嬉しいのか、そう言って嬉しそうに笑った。そんな中身の無い会話だけが、空へ近い場所で交わされる。
 彼が見上げる景色に、同級生のスカートの中身が加わった。
「そう言うのは、見えても見えないフリをするものじゃない?」
「見たくて見てるわけじゃない。見られたくないなら来るなよ」
「……別にいいよ」
 恥ずかしがるわけでもなく、彼女はそう言って薄い笑みをほのめかしてまた空を仰ぐ。
 二人の共通点はただひとつ、『空を見に来る』と言うその一点のみ。
「私、空が好きなんだ」
 彼が何も応えなくても、彼女は訥々と語った。
「この空の先なら、私の還る場所があるような、そんな気がするんだ」
 そう言って、スカートを翻してくるりと回って見せた。場所が場所なので危険な行為だが、それでもそれは様になっていた。
「もっと色気のあるパンツ穿け」
「風情が無いなぁ、もう」
 照れ隠しのような彼の冗談にも、彼女はただ薄く笑うだけ。
 その笑顔は薄く、淡く、秋と言う季節に溶け込んでしまいそうなほど儚く見えた。
 
 逢引と言うには色気が足りず、ただの同席と言うほど疎遠でもなく。
 ただ、中身の無い会話を交わして空を見る。無表情な彼、絶えず淡い笑みを浮かべる彼女。
「私、空へ還りたい」
 ぽつりと呟いた彼女の言葉。
「悪い発想じゃないな」
 普段どおり流す彼の言葉。
「本当にそう思う?」
「ああ」
 彼女は、空を背負って笑った。
 それは今までとは少し違う、晴れやかな笑顔。澄んだ秋の空のような、澄み渡るかのような笑顔だった。
「じゃあ、私、還るね」
 そして、彼女は空へと還る。
 ――小さな身体と見慣れたスカートが、蒼い空へと舞い上がる――。
 
・・・
 
 どうして彼女を止めなかったのか、と言う周囲の言葉に、彼は少しだけ遠い目をしてこう応えた。
「彼女なら、空へ還れそうな気がしたから」
 と。

空を見ていてなんとなく思いついた内容。うちの子とは関係ないのであしからず(笑