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夜を迎えて

「あら、今日は早いのね、月夜」 今日は天気が良いせいか、見事な夕焼けが窓から部屋を赤く染めていた。木目のテーブルに置かれた純白のティーカップも、薄い赤味を美しく彩り宿らせている。 「嫌な予感がしましたから」 どうやら走ってきたらしい。猫の姿を…

004.甘い声

http://sinkaron.tokinko.net >何でもありな100のお題 その1 彼女はみんなに「可愛く無い」と言われていました。不細工だと蔑まれたこともありました。 それでも、彼女は嫌われていたわけではありません。彼女は、とても歌が上手で、それはすばらしい声の…

003.消える魔球

http://sinkaron.tokinko.net >何でもありな100のお題 その1 「犠牲者が出てからでは遅い」 そう訴える声も大きかったし、危険視する者も多数居たにも関わらずそのスポーツの人気が衰える事は無かった。むしろ上昇する一方である。 人が革新の中で得た能力…

002.全ては在るがままに

http://sinkaron.tokinko.net >何でもありな100のお題 その1 私が海を好きになったのは高校生の頃のことで、海外旅行がきっかけだった。そんな年齢で海外とは生意気だと言われそうだが、無論親にくっついて行っただけである。 そこで私は生まれて初めて「…

001.物は試しって言うじゃない

http://sinkaron.tokinko.net >何でもありな100のお題 その1

空へ還れるように

遠い、遠い、遙かな記憶。 「おじいさん、風邪ひきますよ?」 日向ぼっことは良く言ったものだが、その老人のそれは少し趣が違う。なぜなら、縁側に座ってお茶ではなく、縁側に枕を置いて寝転がるからだ。 「起きておるよ」 空は突き抜けるように蒼く、白い…

布石

何が彼女を変えたのか? 果たして彼女の目的は何だったのか? 男達の間では様々な憶測が流れるも、彼女が居ない今、真実或は事実を確認する術はない。 彼女は、金をとって男と寝る、言わば娼婦だった。それは有名な話だ。だが、やはり何故娼婦なのかを知る者…

こたつ

「おい、そこのこたつむり」 「……あたしのこと?」 「お前以外にいるか、こたつむり。お前は俺の家に何をしにきてるんだ?」 「えっちなこと」 「待て」 こたつむりと表現された彼女は、確かに身体の大半をこたつの中に突っ込んだまま、しれっと言ってのけた…

ラフ

「今日はこのくらいにしておこうか」 彼が筆を置き、軽くため息をつく。 「そろそろ門が閉まっちゃうし」 教室に備え付けられた時計は5時を指そうとしていた。肩をほぐしながら声をかけても、モデルは無反応だった。 「おーい?」 「……え?」 「だから、今…

聖戦士と狂戦士

彼は、その残虐さと殺戮の経歴から狂戦士と呼ばれていた。 卓越した戦技は他を寄せ付けず、彼が戦場に現れる度、その姿は反り血で真っ赤に染まった。 「誰か、あの邪悪な狂戦士に打ち勝てるものはおらんのか!?」 王の悲鳴のような問い掛けにも、応じる者は…

押し花

どうにも、押し花というのが好きになれない。 昔、母親が好んで栞にしていたのを覚えている。次第にそれは見なくなったが、あれを見る度、言いようの無い悪寒に捕われたものだ。 それは自分の名前に花の文字が入っていたらかもしれないし、父親がよく言って…

夢の行方

獏は、夢を食べると言う。 なら、食べられた夢はどうなるのだろう。胃に入って栄養になるのかな。 そしたら、獏はきっと夢いっぱいな動物に違い無い。 ……そんな幻想を打ち砕かれたのは、あろうことか動物園。 「つくづく阿呆だよな、俺」 実物はどこまでも普…

白い息

彼は、白い息を吐きながら言った。 僕はまだ生きているんだね、と。 「窓、開けて」 「平気なの?」 持参したお見舞いの花を飾らせる間もなく、少年は訴えた。 あまり顔色は良くないように見える。少し躊躇ったが、その目に宿る強い光に気圧されるかのように…

缶コーヒー一本分の暖かさ

突然放り投げられた缶コーヒーを、慌てて受け取ろうとして失敗した。 「ドジ」 「うるさいわね、いきなり投げる方が悪いのよ!」 幾分怒って見せながら、彼女は拾い上げた缶コーヒーを手袋に包まれた両手で抱いた。 ……暖かい。 「にしても、デートで缶コーヒ…

空へ還ろう

良い天気だ。 澄んだ空は蒼く澄み渡り、どこまでも広がっているかのように思える。やや風は冷たいが、それでも日の暖かさとその風の組み合わせは爽やかさを演出してくれていた。 地上四階、さらにそこから一階分上の位置。 学校の屋上と言うただでさえ人気の…

鬼ごっこ

三日月がその存在に気付いたのは、買い物を追えて帰途につくその瞬間。この外出中、もっとも主と距離が離れている時。 無論、追跡者があえて自らの気配をさらしたのだ。そうでなければ使い魔如きに気配を知られるわけはない。それが彼の……追跡者の矜持だ。 …