白い息


 彼は、白い息を吐きながら言った。
 僕はまだ生きているんだね、と。
 
「窓、開けて」
「平気なの?」
 持参したお見舞いの花を飾らせる間もなく、少年は訴えた。
 あまり顔色は良くないように見える。少し躊躇ったが、その目に宿る強い光に気圧されるかのように彼女は少しだけ窓を開いた。
 冷たい空気は清々しいが、同時に身体から熱を奪ってしまう。室内の温度が一気に下がり、窓辺に立つ彼女の息が白くなる。
「そう言えば、君は冬が好きだったね」
 そう少年に語りかけながら僅かに身を震わせると、彼女は上着を脱がず、そのままベッドの脇へと腰掛けた。
「そうだね。暑いのよりは寒いほうが好きだし」
「……そう言う話だったの?」
「冗談だよ。うん、冬は好きだよ」
 少年の瞳が、窓の外の風を追う。彼女からすれば冷たい風が舞うだけのその景色に、外へ出ることの適わぬ少年は何を見出しているのだろうか。
「子供は風の子、元気な子……」
 細く呟くような声で、少年はそんな歌を口ずさむ。
「ねぇ、手を握ってよ」
 珍しい少年の請う声に、彼女は一抹の不安を覚えて、きゅ、とその冷たくなった手を握った。
「暖かい手だね」
 また、呟くような少年の声。
「……悔しいくらいに、暖かいね」
 
 それから次第に足は遠くなり、彼女はあまりお見舞いには行かなくなった。
 そして、人伝に少年が春を迎えず亡くなったことを知った。一粒の涙、それがこの冬偶然出会った少年との時間の価値。
 暖かいはずの涙は、まだ残る冬の寒さに晒されてすぐに冷たくなってしまった。
 
 そしてまた、冬が来る。
 冷たい風に身を震わせながら、彼女は自分を呼ぶ声に足を止めた。
「久しぶりだね」
 冷たい風に交じって届いた、有り得ないはずの声。
 風はいっそう強くなり、その風の先に佇むその少年は、風の中で言った。
「さぁ、また一緒に冬を過ごそう?」
 凍てついた身体のまま、凍てついた白い息を纏って。

がくがくぶるぶる。